対談・コラム
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#15 石黒猛クリエイティブ・ラボ|石黒猛氏|デザイナー、アーティスト

石黒猛
Takeshi Ishiguro
石黒猛クリエイティブ・ラボ

2014年6月、コクヨファニチャーから「Cumpus UP」という椅子が発表されました。コクヨ、大学、クリエイター、3者のコラボレーションによって開発された「アクティブラーニング」を促進する新しいツールです。

そのコラボレーションメンバーに、co-labのクリエイターから石黒猛氏と伊東祥次氏が参加しました。今回はその一人、石黒氏へのインタビューをお届けします。

石黒氏は、1995年にロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート工業デザイン科を修了後、96年からIDEO社に入社。サンフランシスコ事務所、東京事務所と渡り歩き、主にプロダクトデザインと戦略にたずさわってきました。1998年発表の「Rice Salt&Pepper shaker」と2007年発表の加湿器「chimney」はニューヨーク近代美術館に永久保存されてもいます。2002年にIDEO社を退職後、個人活動をスタートし、JAXAと共同で国際宇宙ステーション用の折りたたみ式撮影用背景を開発しました(その後、宇宙ステーション「きぼう」にて運用)。プロダクト、アート、舞台演出等、多岐に渡るその活動は、アート界、デザイン界を問わず、今なお熱い視線を集めるクリエイターです。

その石黒氏に、クリエイターの活動環境、デザイン思考、アートとデザインの融合、という3つの話を伺いました。石黒氏だからこそ語ることのできる、これらのテーマをひも解いて頂きます。

インタビュー:田中陽明(co-lab運営企画)
構成:新井優佑(Web PR)

多種多様な人材が刺激し合う環境がIDEOにはある


コクヨファニチャーとco-labメンバーのコラボレーションプロダクト「Cumpus UP」。石黒氏も参画

——本日、石黒さんにはIDEOでの経験、デザイン思考、アートとデザイン、という3テーマについてお話しを伺います。まずはIDEOのお話しからお訊きしますが、IDEOからイノベーティブなクリエイションの数々が生まれたのは、その環境にヒントがあるのではないか、と思うのですね。そこで、IDEOの環境について、お伺いできますでしょうか?

石黒:ぼくがいたサンフランシスコには、さまざまな職種の人が集まっていました。デザイナーと事務職の方を除いても、ソフトウェアエンジニア、メカニカルエンジニア、人間工学の専門家にいたるまで、その職種は多岐に渡っています。壁で区切られることもなかったため、各自が自分の作業環境を構えていても、横で何をやっているのか常に気に留まる状態でした。

なおかつ、1名辺りのデスクが広めで、端にギャラリーエリアがあり、各々が面白い物を置いていて、それがコミュニケーションを取るキッカケにもなっていました。

子どものような感性を持つ人が多く、きゃっきゃっと喜びながら作っている雰囲気がありました。とはいえ誰もが目が肥えていたので、つまらない仕事ばかり続けていると軽蔑されるというか、厳しい面もありましたね。

——IDEOには、デジタルファブリケーション環境もありますよね。

石黒:ぼくがいた当時は、まだ導入し始めた頃でしたので、詳しくはわかりません。まだ、レーザーカッター等はなかったかと思います。40名くらいクリエイターがいたのですが、工房の運営者としてファシリテーターが30名ほどいました。何かわからないことがあればすぐに聞くことができますし、代わりにやってもらっている人もいました。工房の中でデザインして、ずっと作っている人もいましたね。

立地の影響もあるとは思いますが、工房があり、そこにいるクリエイターが明るい雰囲気だったことは、co-lab渋谷アトリエとも似ている部分でした。

日本らしいデザイン思考の誕生には日本の持つ泥臭さが鍵


石黒氏の作例「Rice Salt&Pepper shaker」。Salt & Pepperの容器本体は100%「米」を素材に作られている。「米」の持つ優しい色、テキスチャーと吸湿性でいつまでも塩と胡椒を最適な状態に保つ。1995年「ミュータントマテリアルインコンテンポラリーデザイン展」ニューヨーク近代美術館に展示。1999年~、ニューヨーク近代美術館で永久保存

——続いて、デザイン思考についてお伺いしたいと思います。デザイン思考という言葉が日本に入ってきて10年は経っていますが、未だに定着していない現状を感じます。ずばり、日本にデザイン思考が根づかない理由は何だと思われますか?

石黒:これと言って、ひとつに断定することはできません。国民性の影響かもしれませんし、教育の影響かもしれない。職人気質な日本人は、ディテールにこだわるあまり退いて見る視点に欠けてしまうのかもしれませんね。デザイン思考は3歩下がって全体をどう捉えるか、ということですから。それを訓練する前から、拒否してしまう人もいると思いますし。

もしくは、日本は分業制を敷いているため、細部にしか目を向けることができないのかもしれません。ボタンを作っていても、それがどう使われるのかはわからない、という場合もあるはずです。そういう分業を飛び越えて、全体を任せてほしいと言い出しにくい状況があるのかもしれませんし、「デザイン=イメージ」だと思われており、道具としての使いやすさを形にするような仕事ができないことも影響しているのかもしれません。

でも、日本人向けのデザイン思考が確立されていないだけなのかもしれない、とも思っています。日本にとっての正しいデザイン思考があるような気がするのです。


石黒氏の作例「chimneyⅢ」(イデアインターナショナル)。煙突型の超音波式加湿器。室内を加湿するという行為を出来るだけ自然な関係を追求して出来た形。高い所から放出するため、最小限の電力で部屋の隅々まで潤いを行き渡らせる。2008年~、ニューヨーク近代美術館で永久保存

——日本人向けのデザイン思考とは。もう少し詳しくお話し頂けますか?

石黒:デザイン思考自体、ブレインストーミングすればすぐに沸いてきます、というように勘違いされてしまっていると思うのです。でも、ブレインストーミングをするまでに、血のにじむような努力による蓄積があって、はじめて沸いてくるのですね。スティーブ・ジョブズですら、数々の試作を行って努力していたように。だから、泥臭い部分は今までと変わらずに保っていなければいけないのだと思います。

そのような泥臭い部分は日本が得意としてきたことです。

——確かにそうですよね。デザイン思考自体も、日本で行われてきた事が向こうに発見されて、逆輸入されたようなものですし。

石黒:昔は違ったと思います。ラジカセやウォークマンが生まれた国ですから。デザインを本質から考え抜いて、世の中を変えるようなものを作っていたのが日本ですよね。

善きプロダクト開発は恋に似ている


「飛天プロジェクト」では、石黒氏とJAXAの共同で、国際宇宙ステーション用の折りたたみ式撮影用背景を開発。宇宙ステーション「きぼう」で運用

——最後に、アートとデザインについて伺います。以前、石黒さんが「楽しい家具や物が減ってしまったから、人を惹き付ける魅力的な物をアートのフェーズで作ろう」というようなコメントを寄せている記事を拝見して、とても共感しました。アートは0から1を生み出す話で、デザインは1からその先の話。でも、0から2という領域が必要ではないかと思うのです。それを実現できる人こそプロダクト開発をしたほうがいいのではないかと。石黒さん自身、アーティストでありながらデザイナーでもある、多様な顔をお持ちですよね。実際に、アートとデザインを股がる活動をする上で、頭をどうやって切り替えているのでしょうか。

石黒:実際、自分のマインドをどこに置いているのかわからなくなる時はあります。仕事に空きを感じると、アート的なことをやるのですが、デザインが増えてくると心の置き場所を変えるというか。でも、自分の中に作家性があるとは思っていないのです。マインドの置き場所に、正しい場所と正しくない場所があるので、そこを注意しています。

最近は外的要因に心を置いて、そこを起点に椅子を作ったりするほうがいいのかなと思っています。自分の中から出てくる表現だけでは、息詰りを感じるのです。映画を見たり、外出したりしたほうが変わるというか。良い作家でも、いろんな場所から材料を引っ張って来て作っているので、同じなのかもしれませんが。

——アーティストは思慮深く観察しますよね。それと同じことなのかもしれません。

石黒:モデルに共感し切って、自分自身がなくなるくらいに集中して取り込む方もいますよね。イノベーションが起きる、という瞬間もそれと同じなのかもしれません。他に対して共感できるからこそ、良い作品に仕上がるのではと思います。


石黒氏の作例「Leaf Plate」(葉っぱのお皿)。本物の葉っぱで作られている。落ち葉を接着剤、凝固剤をいっさい使わずに葉っぱのみで制作。葉脈、表、裏の色もそのまま忠実に再現されつつ、紙皿程の強度を持つ

——例えば、ヨーロッパの学校では、物事の本質を見抜く教育をした上で、デザインを教えていたりしますよね。私自身、日本のデザイン系の学校を卒業していますが、あまり、そういう教育を受けた記憶がなく、その差が出ているのでは、と思っています。

石黒:そうかもしれません。先日、某大学で授業を行った際に、人間的なことだけずっと考える課題を出してみました。インタラクション・デザインの触りとして。

それは、気になる人に密着して、家等、その人にまつわるものを写真に撮り、集まった物をもとに物を作らせる課題だったのですが、そういうことをやったことがない学生が多いようでした。気になる人が使いたいと思う物を作ろうと伝えて、悩みながら最後まで作っている姿が印象的でしたね。

——面白そうな課題ですね。

石黒:課題では、ありとあらゆる物を写真に撮り、分析します。共感していると普通だと違和感を感じる事が有っても、その中に共感出来る部分が芽生えてきて、その共感を軸に物を作る。これって、恋と同じだと思いますね。心が動かない(共感出来ない)と相手がほしい物を作ることは難しい。真の価値は自分と他との関係の中に絶対値として存在する。しかしながら相対的に価値を決める事に慣れている我々に取って絶対値を探す事はとても難しい行為だと思います。

これって本当に面倒で大変な作業ですけど、私はこれが唯一の道だと思っていて取り組むうち何の為に作るのか分からなくなってしまった学生には、いつも頭の中で論理的に考え過ぎないようにアドバイスしています。「普段、聴きたい音楽を選ぶときに音楽の機能を考えて選ぶ事はしないでしょう?」って。

(最後に)

石黒氏とは2004年以来の付き合いになります。今回のコクヨとのコラボレーション等、各種プロジェクトに関わって頂く中で、訊きたいテーマは数々あり、その内の3つに絞ってインタビューをしました。

どれも思慮深く、納得に満ちた話。読む人にとって、気付きを得られるインタビューだったのではないでしょうか。

co-labには多種多様なクリエイターがおり、その環境がIDEOにいた石黒氏にも好意的に受け入れてもらえていることに喜びを感じると同時に、クリエイターのコラボレーションを誘発する空間として、今後もco-labの果たす使命の大きさを実感する機会にもなりました。