対談・コラム
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#18 Think the Earth|上田壮一氏|理事

上田壮一
Souichi Ueda
一般社団法人Think the Earth

大学院時代に田中がアートユニットflowを結成してメディアアートに取り組んでいた、その少し前、上田氏をはじめとしたクリエイターが集まり先進的な活動「Sensorium」は始動した。田中も少なからず影響を受け、co-labを設立したいと思うモチベーションを得ている「Sensorium」の活動から、現在、上田氏の取り組む「Think the Earth」のこと、そして未来のイノベーションに貢献するための新しい取り組みまで聞きました。

インタビュー:田中陽明(co-lab運営企画)
構成:新井優佑(co-lab Web PR/フリーランス)

地球感覚を共有するプロジェクト「Think the Earth」

田中 上田さんのことは、僕がSFCに通っている時にSensoriumの活動を通じて知りました。僕自身、97年からflowというアートユニットを組んでいたんですが、実はSensoriumの影響もありまして。

上田さん そうなんだ。


sensoriumウェブサイト

田中 はい。その後、Think the Earthのセミナーに呼ばれて、co-labについて発表する機会があり、「入りたい」と言ってもらえて、その縁でco-lab代官山をオープンするにあたり、お声がけしました。「こどものクリエイティブ教育」を考えていく場としてSodaCCoが完成し、このビルのコンセプトを象徴している方だと思っています。だからこそ、改めて上田さんが今も活動を続けている動機や今日の活動に至った経緯をお聞きしたいです。


co-lab代官山が入るのは、遊びがしごとの子どもたちと、遊ぶように働くクリエイターたち。出会えば育つ、みんなのビル「SodaCCo」http://sodacco.jp/


co-lab代官山での交流会の様子。例「3/25 co-lab代官山キックオフ交流会

上田さん 僕のルーツを遡ると、Sensoriumはとても大切な仕事だったと思っています。Sensoriumでは、インターネットにつながる人たちを「ユーザー」としてとらえずに、一人一人を「センサー」としてとらえていました。現在の人数でいえば、全地球で70億人分のセンサーがインターネットにつながっていて、感覚や感性を共有し合える。インターネットを道具としてではなく、生きたネットワークとして表現しようとしたプロジェクトです。

僕自身は小さいころから宇宙が好きで天文学や宇宙工学の道に進みたいと思っていましたが、88年に写真集『地球/母なる星―宇宙飛行士が見た地球の荘厳と宇宙の神秘』(小学館)と出会い、大きな影響を受けました。この写真集は、アメリカとロシアをはじめとする世界中の宇宙飛行士が宇宙から地球を撮影した写真と彼らの言葉を編んだ本です。当時は冷戦の真っ只中でした。それをケヴィン・W・ケリーという一人の編集者がまとめている。「すげえ、クリエイティブだ!」と思って、自分もこういうことをしたい、そう思ってから約7年後にSensoriumに関わることになりました。


写真集『地球/母なる星―宇宙飛行士が見た地球の荘厳と宇宙の神秘』

Sensoriumの企画に参加する直前、95年に阪神・淡路大震災とオウム真理教事件が起きました。時期は世紀末で、バブルも弾け、多くの人が未来は大丈夫だろうかと感じた時代でしたよね。

田中 ええ。

上田さん 95年に僕は30歳の誕生日を迎えたんですが、その日はオウム事件の余波で新宿に厳戒態勢が敷かれた日でもあります。そんな体験をする中、「自分は未来をつくる側に回らなきゃ」という気持ちになっていました。そんな時にアメリカ人のカール・マラマッドがインターネットワールドエキスポの実施を呼びかけ、その日本テーマ館を作るプロジェクトに竹村真一さんからのお誘いで参加することになりました。それが「Sensorium」でした。僕自身は学生時代から商用化される前のインターネットを使っていたこともあって、これからインターネットがさまざまなブレイクスルーを起こしていくという感覚を持っていましたから、とてもエキサイティングな仕事でした。

田中 タイミングが折り重なっていますね。

上田さん ええ。この写真集をみて、「宇宙から見た地球」を感じたことが、人間がセンサーとしてインターネットでリアルタイムに地球規模で感覚を共有するイメージにつながっています。まさしく理想論ですが、地球上の全ての人が「アースウォッチ」を持っていて、いま地球で起こっていることを瞬時に共有し合うことになったら、すごいと思っていました。今思えば厨二病のような話です(笑)。でも、当時は真剣にそう考えていました。


初代アースウォッチ

田中 「アースウォッチ」はいつスタートしましたか?

上田さん ミレニアムの01年です。97年に、NTTの研究所の技術を使った事業をプロデュースしようというプロジェクトがあって、Sensoriumのコアメンバーだった西村佳哲くんがハブになって、いろんな人に声をかけて、一緒に研究所を見学し、アイデアを出す合宿を行ったりしました。そのときに僕にも声がかかり、今はThink the Earthの理事でもある小西健太郎さんや宮崎光弘さん等も一緒でした。ちなみに最初の「アースウォッチ」はこういうものでした。いまはスマートウォッチの時代ですからアプリで実現できますが、当時は技術とコストの両面から実現できませんでした。

その後、同じコンセプトを受け継いだ携帯電話用のアプリケーション「live earth」を05年にリリースすることになりました。実用情報よりも、宇宙から見たライブの地球が見られる情感にこだわったアプリケーションでしたが、30万人以上の方がダウンロードして、最盛期には月間3万人の有料ユーザーがいました。

田中 なるほど。

上田さん そんな経緯があるので、初めから環境問題を取り上げて提起していこう、という感じではありません。実をいえば今も根底では変わりなく、テクノロジーやメディアを通じて、地球感覚を共有していくプロジェクトだと思っています。

サステナブルとエコノミーをつないできた10年

田中 上田さんの活動を拝見していると、サステナブルやエコロジーをテーマに活動する際、同時にエコノミーをちゃんと意識していらっしゃる印象を受けています。そんな上田さんから、現状はどう見えていますか? ソーシャル分野の団体が増えてきて、ちょっとしたブームみたいなところがありますよね。パッと見で食いついたような人も多そうですし。

上田さん 僕は、あまりネガティブには思っていません。ないよりあったほうが全然いいですし。

田中 普及した、ということですか。

上田さん どんなビジネスも、立ち上げたあとに、失敗したり成功したりを繰り返して前に進んでいきます。中途半端な気持ちで入ってきたとしても、いろんなことがあって本気に変わるかもしれませんし、そのまま撤退する場合もある。逆に純粋な気持ちで入っても結局はお金に絡め取られてしまう事例も知っています。

田中 そうですか。

上田さん でも、そんな有象無象がすごくいいなと思うんです。17年前にはなかったですから。当時を振り返ると、99年に雑誌『ソトコト』(木楽舎) http://www.sotokoto.net/ が創刊されて、博報堂の雑誌『広告』で当時編集長だった池田正昭さんが01年のリニューアル時にソーシャルデザインという言葉を使いました。シキタ純さんらが始めたBeGood Cafeや水谷孝次さんのMerry Projectもその頃に始まっています。

田中 あ、そうなんですね。

上田さん クリエイティブな仕事をしている人たちが「このままだとまずい」と気づいて動き始めた時期でした。当時はインターネットがもたらす変革の可能性が示されていった時期でもありました。

田中 そういったメディアで発信することを上田さんが先陣を切ってスタートする中、建築業界や不動産業界も後を追うような時代でした。03年には東京R不動産やco-labがスタートしているんです。時代の先端で、サステナブルな世の中をつくっていくという考え方が生まれてきて、世の中を動かしていこうという機運が高まっていました。そんな時期から、いまのようにソーシャルな考え方が根付いてきた時までずっとど真ん中にいた上田さんには、現在、その核心部でどんな状況を見てとることができていますか?


2003年5月に六本木でオープンした最初のco-labの様子。当時の様子はこちらの対談で詳しく紹介しています。「#08 co-labスペシャル対談「創設メンバーが10周年を振り返る」田中陽明(co-lab)×長岡勉氏(POINT)

上田さん いやいや、僕は端っこのほうにいますよ(笑)。

田中 え、そうですか? いろんな情報が集約されているはずだと思っています。

上田さん いえいえ、そんなことはありません。アウトロー好きなんです。中心にいきそうになったら、なるべく外へ外へ。

田中 あ、それならわかります。真ん中に近くなっていくと、お金の匂いが強くなって本質が見えなくなり流されてしまう可能性も高くなりますよね。

上田さん 電通がソーシャルデザインがテーマの組織を作ったり、博報堂がissue+designを創立したりして、広告の世界からも優秀な人たちがこの分野に関わるようになりました。

それよりも、クライアントの変化が大きい。きっかけは、03年に経団連がCSRという言葉を使ったことにあります。のちにCSR元年と呼ばれますが、それをきっかけに日本企業が一斉にCSR室をつくり、CSRレポートを出し始めました。その後、ブランディングや実際の活動のなかに環境や社会をテーマに持つ企業が増えていきましたよね。例えば04年にJTがマナー広告を始めています。同じ年にNTTドコモも始めました。

田中 そうでしたか。

上田さん 日本は企業社会なので、企業が変わると人の意識も変わっていきます。だからメインストリームはそこですよね。クライアントが変化したから、広告代理店にも該当するセクションができ、関連するクリエイティブエージェンシーやクリエイターがそんな仕事の経験を積み始めました。実際に仕事を経験すると「この仕事にはすごい意味がある」「褒められる」といったことを実感して、自己実現度もスキルも高まったわけです。受注型でそんな仕事に携わる人たちもまだまだ多いですが、中から自分たちでプロジェクトをつくろうという動きも生まれてきています。

田中 CSRが生まれた時、予算をつけてみたものの何をしていいかわからない企業が多かったんじゃないかと思います。上田さんが相談に乗るケースも多かったですか?

上田さん CSR活動のサポートよりも、自分たちが考えた企画を提案して、それに共感してくれた企業と一緒に取り組む仕事が多かったですね。たとえば「アースウォッチ」の携帯電話用アプリケーションは、カシオやKDDIの担当者が共感してくれたからものすごいサポートをしてくれて実現しました。いまでも本当に感謝しています。


アースウォッチの携帯電話用アプリケーション

田中 そうなんですね。

上田さん 担当者がやってみたい、面白いって感じてくれて動き出す、それはCSRとは違いますよね。僕たち自身の活動がまだ未熟な段階の時から、戦略的に運転できていなくても、直感的に「これはきっと面白いことになる!」って信じたことを続けてきました。

田中 信頼できる人と、いろんな会社で出会えていったんですね。

上田さん そうですね。うちの社員には本当に申し訳ないけど、「これなら、ある程度儲かる!」というだけでは、そっちのほうにいけないというか(笑)。

田中 だからこそ、正しいことや世の中が必要としていることに、自然と寄っていけるんですよ。

上田さん そういった、世の中が必要としていることに寄ってきたという意味では、11年の東日本大震災が第二の転機になっているかもしれません。マイケル・E・ポーターが雑誌『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』でCSV(Creating Shared Value)という言葉を使ったのが11年1月でした。3月に震災が起き、そしてトヨタのハイブリッドカー「AQUA」のソーシャルキャンペーン「AQUA SOCIAL FES!!」の提案につながります。


アクアソーシャルフェス!!のウェブサイト

田中 それらに関係はありますか?

上田さん はい。12年にアクアが発売されるのですが、アクアは東北の工場でつくっていたんです。トヨタの意志として「アクアの広告は従来型でやるつもりはない。この時代にふさわしいものにしたい」ということでコンペが開かれました。

田中 ええ。

上田さん 電通のクリエイティブ・ディレクターの岸勇希さんが主導して、企業が何を言うかより、どう振る舞うかが問われる時代なんだから、アクアという商品に込めた「未来を良くしたい」という企業姿勢を徹底的に見せましょう。CMにはたくさんのお金が投下されますが、普通は時代の中で流れていってしまう。でも、この仕事は、ちゃんと環境が保全されたり、人が育ったりするような、何かストックとして残ることをしようというコンセプトを立て、市民参加型の環境保全活動を全国で開催し、その活動を推進する地域やNPOをアクアが応援していくという大胆な提案をすることになりました。「こんな企画を考えたんだけど、どうすれば実現できるでしょうか」ということで僕らに相談してくれたんです。プレゼンでは実現していくための条件や可能性を提示しました。結果的にトヨタが理解のある会社だったので、決定した後は実に気持ちよく進みました。

田中 そうだったんですね。

上田さん Think the Earthを立ち上げた01年から考えると、信じられない話です。このプロジェクトの予算は販売促進費から出ています。CSRではなく、宣伝なんですよ。つまり商品やブランドのマーケティングの中で社会を変えていこう、という話だったから僕は圧倒的に面白く感じていました。本気でこの車をのことが好きで、その車を通じて世の中も良くしていきたいっていう、担当者の目が違っていました。

田中 広告宣伝費として大企業が取り組む早期の事例でしたよね。

上田さん これだけの規模での事例としては、ほぼ初だったと思います。ちょっと感動しましたから。そういう仕事に携わる日がきたんだと思って。

田中 まさに、上田さんたちだからこなせる仕事という気がしますね。

上田さん 確かにNPOと企業を結ぶ仕事は、誰にでもできる仕事ではなくて、それなりの目利きが必要だと思います。でも、損保ジャパンやアサヒビールが全国で行っていたCSR活動が先にあったから、同じように「僕たちもきっとできるはず」という勇気を持てたようにも思います。日本の企業の地道な社会活動の積み重ねが、この企画の実現の背景にはあると思っています。

グッド・イノベーションが広がる未来へ

田中 「アースウォッチ」もそうでしたが、上田さんはプロダクト開発に興味をお持ちですか?

上田さん もともと工学部ですから、ものづくりは好きです。メディアや本をつくることも同じだと思っています。最近はAIやロボットの取材をすることもあるのですが、形は面白いけど、乗っかっているコンテンツや利用方法として、もうちょっと社会に役立つことが考えられるんじゃないかと思っていたりもします。


Think the Earthがつくった書籍。その他、プロダクトはこちら

田中 たまたまですが、先日MITの研究者を招いたセミナーが開かれていたんですね。そこでMITのアウトプットに関するプレゼンを見ていたんですが、語弊があるかもしれないけれど、あまり進化していない気がしたんです。技術は先端だからインパクトがありますけど、取り組んでいることの考え方は10年以上前から上田さんたちがおっしゃっていたことと変わりませんでした。

上田さん 僕も、すごいデジャブな感じがあります。例えばVR(仮想現実)の研究は80年代に始まっていて、僕が大学で学んでいた当時はAR(Artificial Reality/人工現実)と呼ばれていました。サイエンス誌で特集が組まれるなど、かなり盛り上がっていました。Augmented Reality(拡張現実)も、その後ほどなく出てきた考えです。大きな方向性は当時からあって、技術が成熟したことでビジョンだったものが、現実化できるようになった。インターネットも、まず村井純さんが中心になって作られたJUNETを使っていました。その後、ちょうど学生時代にアメリカのネットワークとつながって「これがまさしく『インター』ネットだ!」と研究室の皆が興奮していたのを覚えています。世界がつながっていく瞬間をリアルタイムで体験したから、これから面白いことがいっぱいできそうだという実感がありました。とはいえ、その頃はコンピューターパワーも小さくて、ユーザーインタフェースや人工知能の研究をしていても、すぐに役に立ちそうな感覚は持てずにいました。それが今、技術とコストと人材などのあらゆる要素が整ってきた。

田中 できるようになった、ということですよね。上田さんのようにITやサステナブルを創世記から知っている人からすると、この先の未来に対して何か答えをお持ちなんじゃないですか?

上田さん 答えはありませんが、危機感は持っています。イノベーション自体があまりにも善になりすぎていることに。悪いことも起きると思うんです。代表例は原発ですが、今や大きなビジネスになっているため簡単には止まらない。投資したんだから寿命が来るまでは稼働して元を取りたいということなんでしょう。後戻りしたくても、後戻りできないようなわけのわからないことになっています。そういう過ちをまた繰り返す愚は避けられないのだろうかと思っています。気候変動もますます悪化していますし。

田中 確かに、そうですね。

上田さん イノベーションを起こすことは大事ですが、それがグッド・イノベーションなっていけばいいなと思うんです。これまで活動してきた中にグッド・イノベーションのヒントになるコンセプトがあるんじゃないかと思っていて、仮にそれを「地球思考」と呼んで仲間と研究を始めています。

田中 なるほど。上田さん自身のルーツとつながっていくわけですね。

上田さん まずは今年、大学の授業で「地球思考」を取り上げてみることから始めてみました。ゆくゆくは「地球思考」を学び、体験できるコンテンツやワークショップなどをつくっていこうという話も出ています。

田中 すごく楽しみです。本日はありがとうございました。


co-lab代官山にて

(2016/10/20)