孫正義育英財団×co-lab コラボ企画第三弾「ファシリテート!クリエイティビティ vol.3」

天才考古学研究者と一緒に過去を遡ると見えてきたもの

孫正義育英財団のギフテッドとクリエイターがクロストークすると、何が生まれるのか――。刺激を与え合い、創造的なコラボレーションを生みだし続けてきたクリエイターの集積地co-labと孫正義育英財団のコラボ企画第3弾。

高い志と異能を持つ若者に才能を開花できる環境を提供し、未来を創る人材を支援する。そうして人類の未来を明るくするために設立されたのが、孫正義育英財団です。

本企画は、渋谷キャスト内でのインナーブランディング企画としてco-labが提案し、2022年に初めて実現。

対談を前に春蒔プロジェクト田中が、「若きギフテッドの話を深堀りしていくことによって、本人も気づいていなかったクリエイティブな側面や、新しい視点を発見できるのではないか。今回のコラボはそんなワクワクからスタートした、答えを探すことを目的としないブレスト対談プロジェクトです」と、あえてトークテーマを定めない狙いを伝えました。

才能を促進し、天才たちの新たな一面を発見していくブレスト対談「ファシリテート!クリエイティビティ」。今回席についてもらったのは、孫正義育英財団生で古代エジプトや平和について研究している田中環子さんと、持続可能な社会の実現を目指したビジネスや教育活動を行う一般社団法人Think the Earth理事の上田壮一さんです。2人の対話からどんな新しい知見が生まれるのでしょうか?

興味の入り口は絵本と写真集から

上田壮一(以下、上田さん):お互いに現在の活動の背景には本からの影響があるということだったので、まずは「きっかけの一冊」についてお話しできればなと思っています。

田中環子(以下、環子さん):私は小学1年生の時に読んだ『ピラミッド:その歴史と科学』(偕成社)です。ピラミッドの構造がイラストでわかりやすく描かれていたり、エジプトの歴史やピラミッドの建てられ方が詳しく書いてあるものです。

上田さん:この本はおうちにあったんですか?

環子さん:幼いときから歴史系のテレビ番組を両親がよく見せてくれていたこともあって、エジプトや世界遺産に興味を持っていました。初めてこの本を買ってもらって、さらに興味を惹かれました。一番好きなのは、クフ王の大ピラミッドの断面図が描かれたページですね。

上田さん:どういうところに惹かれるんですか?

環子さん:有名な“ギザの三大ピラミッド”の中でも、クフ王のピラミッドは特に構造が複雑で面白いんですよね。たとえば、このピラミッドには“重量拡散の間”という空間があって、王の間の天井にかかる重みを拡散するためにあると推測されています。そうした細かい空間構造がイラストで描かれていて、作られた意図を想像できるんです。

上田さん:なるほどー。これを見ていろんなことを想像していたんだね。「玄室」と書いてあるところが、遺体が入っているところですか?

環子さん:実は、ギザの三大ピラミッドにはミイラが入っている棺は存在しないと言われています。クフ王のピラミッドには空っぽの棺だけがあるんです。ピラミッドは王様のお墓だというのが定説ですが、考古学者の吉村作治先生は、王墓ではなく“民にとっての象徴としての建造物”であるといった意見を出されているんですよね。

上田さん:へー!そういう可能性があるんですね。

環子さん:古代人にとってどういう解釈で建てられていたのかは、まだ明らかになっていなくて。

上田さん:じゃあ、いろんな研究の余地があるわけですね。

環子さん:小学5年生のときに初めて現地にも訪れて、クフ王のピラミッドや重量拡散の間も見ることができました。

上田さん:素晴らしい経験をしたんですね!

環子さん:ピラミッドの中が思ったより暑かったのを覚えています(笑)。あとは、ツルツルした壁面などを見て、技術力の高さを感じるとともに、王様のお墓であるとしたらあまりにも質素かもしれないと感じたりもしました。

上田さん:実際に行って実感することで、違う景色が見えてきたんですね。僕の方は大学生のときに出会った『地球/母なる星 – 宇宙飛行士が見た地球の荘厳と宇宙の神秘』(小学館)という大好きな写真集を紹介します。今日持ってきたのはかなり貴重な本で、ラッセル・シュワイカートというアメリカの宇宙飛行士と、アリョーグ・マカロフというソ連の宇宙飛行士のサインが書かれているものです。

環子さん:すごい!

上田さん:これは1988年に出版されたものなのですが、その頃の米ソは冷戦の真っ最中でした。それにも関わらず、この本には先に挙げた米ソの宇宙飛行士が巻頭言を書いています。今考えてもすごい編集ですよね。

環子さん:へぇ〜!

上田さん:宇宙飛行士たちが撮った地球の写真に言葉が添えられている写真集なのですが、打ち上げから帰還までの順を追って構成されています。

環子さん:ストーリー性があるんですね。写真がすごくきれい。

上田さん:月が成層圏から昇ってくる写真とか、読んでいくと自分も一緒に宇宙に行っているような気分になれる。元々は天文学や宇宙工学なんかを志していたんですが、この写真集に出会ってから、宇宙から振り返って自分たちの星が一番すごいかもしれないって思うようになったんですよね。

環子さん:エジプトも写ってますね……!

上田さん:そう、いろんな地球の写真がある。僕はこの写真集に影響されて「アースウォッチ(地球時計)」というものをつくったんです。今日も持ってきました。宇宙から見た地球の姿と、そこから今のだいたいの時間がわかるようになっています。

環子さん:すごい……これ私ほしいです!

上田さん:これはもう手に入らないんです……(笑)。というわけで、この写真集とそこから生まれたこの時計が僕の人生を動かしていったものになります。

平和に必要なのは「他者との対話」

上田さん:今日はぜひ、環子さんが夢として掲げている「差別のない社会」「平和な世界」「地球に優しい生活」というテーマについて話したいと思うんだけど、環子さんはエジプトからどんなことを学んでいるんですか?

環子さん:ひとつ私が大事にしているのは、“歴史から学ぶ”ということなんです。エジプトでは、紀元前1286年に“世界最古の平和条約”と呼ばれる条約が結ばれました。現代でも戦争が起きているなかで、今でも難しいことを何千年も前の人が成し遂げているという事実が、私にとっては衝撃的で。それがきっかけで、歴史や古代の人の生活から学ぶことがあるのではないかと感じるようになったんです。

上田さん:エジプトとヒッタイトという国によって結ばれた、今からおよそ3300年前の平和条約なんですね。戦うより仲良くするほうがお互いにとって得だっていう結論に至ったのだとか。

環子さん:そうなんです。でも、なかなか今はその考えに至らないですよね。個人的な考えですけど、当時と今とでは戦争をする目的みたいなものが変わっている気がするんです。自然災害も含めて民に害を及ぼすものと戦い、より豊かな生活を送るために……という目的が強かったのが、今はそれより国自体をより強くしていくことに目的が傾いているように感じる。なぜ戦争を始めたのか、戦争に勝つことは自分たちにとっていいことなのかといったことを考え直す機会があれば、もう少し平和になるのかなと思います。

上田さん:当時の王様たちが悩みながらこの条約を結ぶに至った背景を想像するのは面白いですね。関連した話として、日露戦争の時代に日本海海戦という大きな争いがあった対馬沖には、戦争中、命からがら対馬に漂着したロシア人を島民であるおばあさんがかくまって、ごはんを食べさせ、元気にして帰したという史実があるんです。そのおばあさんの名前も残っていて、今も平和と友好の碑が建てられています。だから、国同士は争っていても、個人同士では仲良くできるヒントがここにあると思うんです。

環子さん:そんなことがあったんですね。

上田さん:武器を持った水兵を助けるのは、おばあさんたちも怖かったと思うんですよね。環子さんの話を聞いていて思ったのは、世界最古の平和条約が結ばれた時代って、たぶんもっと王様たちが国ではなく人間同士として会話することができたのかなと。人間同士として向き合えばもっといろんなことが解決できるのに、国という大きな単位になったときにうまくいかなくなっちゃう。

環子さん:古代においては戦う道具が剣とか槍とか弓とかしかなかったから、まだ対面で話し合えたりする場面も多かったと思うんですけど、今は技術が発展しすぎて、話し合わなくても決着がついてしまう。だから、国同士でのコミュニケーションが取りづらくなっているのかなとも感じました。

上田さん:無人のドローンが人を攻撃するとか、そういう話ばっかりだもんね。テクノロジーは人の生活を豊かにすることもあるし、人を殺す道具にもなりうる。使い方が大事で、もう少し人間は賢くならないといけないですよね。

複数の視点を掛け合わせて、アイデアを発展させていく

上田さん:環子さんは今後、どういうことを研究したいと思っているんですか?

環子さん:今は情報収集の段階なのかなと思っています。今起きている戦争がどういう理由で始まったのかとか、それぞれの国の状況とかを知りたいですし、古代の話はドラマチックに記録されたりしていて事実が見えづらかったりするんですが、その中から戦争に対する考え方を紐解いていきたいと考えているところです。

上田さん:なるほど。ピラミッドを通じて考古学に触れて、そこから平和な世界や差別のない社会について考えるようになったのはどういう経緯だったんですか?

環子さん:小さいときから戦争とか平和について考える機会が多かったと思います。保育園でも平和学習があって、戦争を知る体験がたくさんありました。それから、戦争のせいで起こる辛い出来事や不幸を徐々に知っていったんです。私は、人が笑っているのを見るのが好きです。だから、戦争が起きている国で赤ちゃんが泣いている映像とかを見るのが本当に辛くて。少しでもそうした悲しい出来事が減ればいいのにという思いがあります。

上田さん:環子さんからいただいた事前の資料の中には「文化や宗教などの考え方の違いをお互いに理解し、敬意を持つことが平和への糸口になるのではないか」とも書かれていて、すごく本質的なことだと感激しました。

環子さん:違いを認めるのが難しいのかもしれないですね。

上田さん:そこが過去と比べて進化していない感じがしますよね。

環子さん:古代は今と比べて暮らしが豊かではなく、みんなで協力しないと生きていけないことが多かったけど、現代ではひとりで解決できることが多いから他者と話し合わないし、間違いを認めるのが難しくなっているのかもしれないです。

上田さん:そうだね。このテーマは簡単に答えが出る話じゃないけど、メディアを通してこうした議論を未来に引き継いでいくことには意味があると思います。環子さんもメディアに出る機会が結構多いですよね。

環子さん:メディアの影響力はすごいなと思いますし、学ぶことも多いです。それに、メディアに出ることによって、自分の中でぼんやりと考えていたことをまとめる機会にもなるんです。だから周りに与える影響だけじゃなくて、自分自身にとっても大事だなと感じています。

上田さん:そういった経験を今できているのはすごいことかもしれないですね。学者や政治家の発言よりも、中学生の環子さんが素直に思ったことをぶつけるのはきっと届き方が違う。そのまっすぐさは今後も持っていてほしいなと思います。

環子さん:例えが合っているかわからないんですが、数学を学んでいて、公式を知りすぎるとどの公式を使って解けばいいのかわからなくなったりすることがあると思うんです。でも小学1年生のときって、足し算しかわからなかったからすぐに答えが出たじゃないですか。だから、私はまだ大人の方に比べてぜんぜん知識がないけど、その状態で出てくる意見のほうが答えに対してはまっすぐなのかなとも思っていて。

上田さん:間違いなく、“知らないこと”のパワーはありますね。学んでいくうちにブレることがあるかもしれないけど、今持っている軸があればきっと戻ってこられる。それはすごいことです。
環子さん:戦争や貧しさの問題で満足にごはんを食べられない子どもたちの情報を見ることがある一方で、フードロスという社会問題もあります。それに対して、私は今なにができるんだろうってわからなくなることがあります。

上田さん:そうだよね。

環子さん:小さいことではあるんですけど、小学生のときに給食を通してフードロスの削減に挑戦したことがありました。私のクラスでは給食がよく余ってしまうことが課題になっていて、当時は給食委員長だったので、なにか改善する方法はないかなと考えていました。人気メニューは取り合いになるので、あらかじめおかわりを予約制にしておいて、その人が責任を持って食べるとか、早く食べ終わった人にはできるだけおかわりをしてもらったりとか。そうした決まりをつくると、食品ロスがかなり減ったんです。だから、こうした小さい活動も重ねていけばなにかが変わるのかなと思います。

上田さん:それはすごい経験だと思います。ルールをつくってコミュニケーションを取ることで、みんなの意識を変えることに成功したんですね。アンテナを張っていたらいろんな人や知識に出会うチャンスが巡ってきて、そこから環子さんにしか思いつかないアイデアが出てくるはずです。

環子さん:私もエジプトについて研究したりするなかで、“古代だけ”とか“現代だけ”の視点に偏らないようにしているんです。両方を掛け合わせて現代の問題にどう活かせるかを考えたいと思っています。

上田さん:環子さんにしかできないことが絶対ありますよね。「私が取り組むべきはこれだったか!」と気づく日があると思うし、なんならお手伝いしたいです(笑)。

環子さん:まだまだ知らないことだらけだけど、今はとにかくやりたいことをやるのが一番かなと思っています。その過程で、いろんな人の意見を聞きたいです。いつか自分なりの考えをまとめて私がするべきことに活かせるように、これからも頑張っていきます!

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上田さんは、大人と子どもが集まってよりよい未来をつくるためのソーシャルアクションを考える「超・文化祭」などのイベントも開催しています。今回の対話の末尾では、環子さんに対して、そうしたコミュニティやアクションの場に誘う場面も垣間見られました。

過去の歴史と現在の事例を行き来しながら、よりよい未来に向けてクリエイティブに考えを発展させている環子さん。新たな出会いや他者とのコミュニケーションによって、さらなる展開が生まれるのだろうとワクワクします。

孫正義育英財団には数学、ロボット工学、化学、医学などさまざまな分野の未来をリードする、多くの若き異能がいます。ファシリテート・クリエイティビティは、今後もまだまだ続きます!

―― Profile ――

田中環子
たなか・わこ●2010年生まれ。孫正義育英財団6期生。エジプト文明の研究を続け、その素晴らしさを共有、広げるために活動中。2021年と2023年には、テレビ番組『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』(テレビ朝日系)に出演し、注目を集めた。2023年に開催された「体感型古代エジプト展 ツタンカーメンの青春」では公式アンバサダーに就任。

上田壮一
うえだ・そういち●1965年生まれ。一般社団法人Think the Earth 理事。広告代理店を退職後、フリーの映像ディレクターに。94年に宇宙から地球を見る視点を共有したいとの想いで「アースウォッチ」を企画。98年にプロトタイプを作ったことを機にThink the Earthを設立した。グッドデザイン賞審査委員(2015-2017)、STI for SDGsアワード審査委員(2019-)。多摩美術大学客員教授。

◆クレジット
企画協力:公益財団法人 孫正義育英財団
企画コーディネート:春蒔プロジェクト 田中陽明、生田目一馬
インフォグラフィック:cocoroé 渡辺祐亮、伊藤美紀
文:原 航平
写真:古屋和臣

特別協力:渋谷キャスト