REPORT
孫正義育英財団×co-lab コラボ企画第四弾「ファシリテート!クリエイティビティ vol.4」
天才航空工学者とデザインの力で切り拓く社会実装の可能性
孫正義育英財団のギフテッドとクリエイターがクロストークすると、何が生まれるのか――。刺激を与え合い、創造的なコラボレーションを生みだし続けてきたクリエイターの集積地co-labと孫正義育英財団のコラボ企画第4弾。
高い志と異能を持つ若者に才能を開花できる環境を提供し、未来を創る人材を支援する。そうして人類の未来を明るくするために設立されたのが、孫正義育英財団です。
本企画は、渋谷キャスト内でのインナーブランディング企画としてco-labが提案し、2022年に初めて実現。
第一線で活躍するクリエイターが若きギフテッドの話を深堀りしていくことによって、本人も気づいていなかったクリエイティブな側面や、新しい視点を発見できるのではないか。「ファシリテート!クリエイティビティ」はそんなワクワクからスタートした、答えを探すことを目的としないブレスト対談プロジェクトです。
今回席についてもらったのは、孫正義育英財団生でロボティクスと航空工学分野の大会で多くの実績を持つ中村勇之介さんと、デザインの力で社会課題の解決やソーシャル・グッドなイノベーションを生み出す株式会社cocoroé 代表の田中美帆さんです。2人の対話からどんな新しい知見が生まれるのでしょうか?
社会課題の解決へとつなげるための研究

田中美帆(以下、田中さん):今日は中村さんの研究や考え方からヒントをもらえるんじゃないかと思って、とても楽しみにしてきました。中村さんは今、どんな研究をしているんですか?
中村勇之介(以下、中村さん):カリフォルニアで7年間、「競技ロボット」の研究に取り組み、さまざまなコンテストやプロジェクトに参加してきました。例えば、FAA(アメリカ連邦航空局)主催のコンテストでは、山火事の状況をリアルタイムでモニタリングするドローンを設計しました。山火事が起きている場所を正確に検出するために、レーダーの技術を用いています。そもそもロボットやドローンの研究自体が大好きなのですが、それを社会的な課題解決につなげていくことも目標に掲げています。
田中さん:とても興味深いです。もともと中村さんがロボットやドローンに興味を持つきっかけはなんだったんですか?
中村さん:日本に住んでいるときから、ロケットが好きだったんです。日本科学未来館が家の近くにあったので、そこに行ってロケットエンジンをよく眺めていて、航空工学に興味を持ちました。カリフォルニアではロボットコンテストに参加するようになって、航空工学とロボティクスを掛け合わせたドローンに今は魅力を感じています。
田中さん:私も科学未来館は大好きです。じゃあ今はドローンの研究をしているけど、将来的には宇宙工学分野に進むかもしれない……?
中村さん:可能性はありますね。まだ17歳で業界のことはよくわかっていないので、正直どうなるか僕にもわからないです……(笑)。「空を飛ぶもの」には携わっていきたいですね。
田中さん:山火事の検出のためにレーダーを使っているという話がありましたが、それにはどういう利点があるのでしょう?
中村さん:こだわっているところなので聞いていただけてうれしいです! 山火事は煙がめちゃくちゃ出るので、カメラのセンサーでは火元をよく見つけられないという課題があったんです。レーダーであれば煙は問題なく透過できるし、夜でも問題なく特定することができます。
田中さん:なるほど。レーダー技術についてはもともと知っていたんですか?
中村さん:ESA(欧州宇宙機関)が飛ばした「Sentinel」という人工衛星にSARというレーダーが搭載されていて。そのレーダーは地球をマッピングするために用いられているんです。センサーやレーダーにはそれぞれに長所があるので、課題に対しての最適な技術を探求し、活用するようにしています。
田中さん:今年1月にもアメリカ・ロサンゼルス近郊で起きた山火事が大きく報道されていましたね。
中村さん:ニュースを見て深く心を痛めています。今は報道は減っているものの、山火事や自然災害が終わることはありません。次の大災害が起こるのは、来年かもしれませんし、来月、あるいは明日、もしかすると今日この瞬間かもしれません。
こうした私たちが日々直面する課題に対し、一筋の希望をもたらしてくれるのが、技術です。技術は単なる知識ではなく、さまざまな分野と相乗的に作用し、活用次第で被害を最小限に抑え、命を守る力を持っています。
田中さん:社会課題との結びつきを考えながら必要な技術を学ぶことはとても有意義だと思います。それに関連した話として、中村さんがドローンを研究しているということで、今日はドローンを用いた世界的な社会課題解決の事例を紹介したいと思っていて。2018年に世界で初めてドローンによる海上人命救助に成功した事例になります。
中村さん:これは知らなかったです。気になりますね。
田中さん:オーストラリアの海上で2人の少年が溺れていたのですが、ライフセーバー(水難救助員)がドローンを使って救命具を彼らのもとに落下させることで、救出に成功しました。実はこのとき、ライフセーバーとドローン操縦士は救助用ドローンの操作訓練をしている最中で、試験中にたまたま事故に遭遇したんです。
中村さん:へえ!
田中さん:まずオーストラリアという国は、モーターボートやジェットスキーといったテクノロジーを積極的に導入しながら100年以上にわたってライフセービングが発展してきた歴史があって。ドローンを採用したきっかけは、2005年にさかのぼることになります。そのころ、所変わってアメリカでは、ハリケーンの襲来に対して屋根の上に避難した人々を発見するためにドローンが使われていました。それに目をつけたのが、オーストラリアの国際ライフセービング協会創設者であったケビン・ウェルドン氏。「ドローンはライフセービングにも使える!」と思い立って、開発が進められていたんです。
中村さん:おもしろいですね。
田中さん:そうやって、ドローンが人命救助につながった。さらに話の続きがあって、この決定的瞬間を収めた映像をロイター通信が拡散したことで瞬く間に全世界に広まって。2年後には日本でも、同じようなサービスが実装されたんです。大事なのは、発明や技術だけではなく、それを使う組織や人、社会システムをデザインしていくこと。私はこうした社会課題解決の事例を紹介しながら、cocoroéでも社会システムのデザインを実践しているところです。
社会に目を向けながら道具箱を拡張していく

中村さん:僕も初めは趣味で、FPVドローンというドローンレーシング用の機体を作ることから始めたんですよね。それはただ「面白い」という感情が起点だったけど、結果的にドローンというオプションを頭の中に入れることができた。それからカリフォルニアの山火事や地上の地雷検出といった社会課題に触れるなかで、ドローン技術が活用できると気づきました。そうした考え方は大事だと思います。
田中さん:そうですね。世界的に見ると、日本の技術者は社会課題へのリテラシーが低い印象があって。技術力を磨くのと違う視点で、人々がどういうことに困っているのかを考えることも研究者には必要だと思うんです。
中村さん:技術を極めても、それが実際の課題に活かされないと意味がないとは僕も思っているんですよね。山火事の件に関しても、現場の消防士さんの意見を聞かなければ実際にどういったことに困っているのかが見えてこない。結果的に使い物にならないドローンを作ってしまうことになります。
私の経験はまだ限られていますが、それでも、これまで培ってきた技術や知識を活かし、少しでも役に立つロボットを生み出したいと強く思っています。山火事が起こるたびに、自分の研究や開発が現場で本当に機能するのかを問い直し、より高精度で迅速に対応できる技術を生み出さなければならないと痛感します。
技術の発展は、人々の暮らしを守るための重要な手段ですが、それを現実の課題に適用し、社会に浸透させるためには、多くの人々の協力が欠かせません。研究者や技術者だけでなく、政策立案者、消防士、地域住民、そしてこの記事を読んでいただいている皆様一人ひとりの関心と協力を深めていくことが、未来を築く鍵となります。
田中さん:中村さんがそうした社会課題解決への意識を最初から持って研究できているのはなぜなのだろうと、純粋に気になります。
中村さん:ひとつには、やはり日本科学未来館がいい教科書になっていたと思います。あそこの展示物は、「こういう技術があって、それをこう活かしたんだ」というプロセスを見せてくれました。あとは、僕が取り組んできた競技ロボットも、実際の社会課題をもとにしてコンテストの課題がつくられているんです。例えば、ドローンを操作するドライバーの前にカーテンによる目隠しが出てきて、実際の機体が見えないようになる課題がありました。それは、砂漠で砂嵐が起きた際の対処法を考えることにつながっているんです。だから、気づかぬうちに社会課題の事例にたくさん触れていて、それに伴って必要な道具がそろってきたのだと思います。
田中さん:なるほど! 素晴らしいですね。山火事検出にレーダーを用いた話にもつながりますが、中村さんの研究の進め方としては、最初に社会課題や技術的な障壁があって、それにはこの新しい技術が有効かもしれないという考え方をするのですか?
中村さん:そうですね。自分の頭の中に道具箱があって、そこから目の前の課題に応じて必要な道具を引き出すイメージです。さまざまな道具を持っていれば、解決のアプローチも広がる。今は道具箱の道具をかき集めていく段階でもありますが、実際の社会課題を視野に入れながら進めることを大事にしたいと思っています。
インプットから始まり社会を豊かにする成果=アウトカムへ

中村さん:社会的な知見を持っている人と技術的な知見を持っている人をどうやってつなげるのか、田中さんにお聞きしてみたいです。田中さんのお話を聞いていると、そこにはデザインが有効なのかなと。工学の知見に触れながら人と関わり街や建物をつくっていく建築家のように、さまざまな分野をまとめて人類に効果的なものを生み出すことができるのはデザインの仕事ならではだと思います。
田中さん:前提として、日本社会の構造的な問題としては、文系と理系の分断がありますよね。縦割りの社会で、それぞれの技術とそれぞれの知識が完結してしまっている。
中村さん:僕も日本の文理選択による分断には問題があると思っています。理系の学生が「文系はいらないんじゃない?」なんて揶揄することがあったりもしますが、その考え方はダメだと思っていて。文系的な考え方は問題提起や、技術者をまとめる際に絶対に必要です。僕自身は理系だと思っているけど、文系の方たちもすごくリスペクトしています。
田中さん:デザインには、そうした分断を解消する力があると思っています。異なる分野間での対話の場を創出することや、イノベーションやアイデアの交換を促進するのがデザイン。そうした信念で活動していますが、その重要性をもっと強調していきたいですね。
中村さん:水と油をつなぐための界面活性剤のような働きの人が必要だと思います。アメリカにも、ふたつの世界を橋渡しするような人はまだあまりいないような気がするので。今日のクロストークのように、デザイナーの方と話す経験もとても貴重だと思いました。
田中さん:そう言っていただけるとうれしいです。
中村さん:やっぱり、研究室に引きこもって研究しているだけでは得られないものがあるんですよね。散歩をするとか、SF小説を読むとかそういう些細なアクションでもいいと思うんですけど、日頃から社会で起きていることをインプットするのは大事で。
田中さん:直感力みたいなものが、いろんな体験をしているからこそ磨かれていくんですよね。ドローン技術をライフセービングに活かした例のように、そうしたインプットの積み重ねが社会を豊かにするアウトカム(成果)を導くんです。
中村さん:会社に行くとタスクがあったり、学生は受験のために勉強をしたりしますが、そうした外的要因からではない取り組み方がいいのかなと思います。自分で課題を見つけて挑戦していくような内的要因のほうが、おもしろいし学びが深まる。外に出ていろんな人と話したり、違う分野の話題に触れて知見を得たりすることが研究にも役立つと思います。
田中さん:まったく同感です。今、私の中で進めようとしているプロジェクトがあって。それが被災地に企業からエンジニアを送って、そこで一定期間生活しながら、現場のニーズに技術をどう活かせるかをトライアンドエラーで考えていくというものなんです。
中村さん:それはすごいことですね! 実際に被災地へ行って避難住民や現場を見てみないと、わからないことは絶対にありますよね。僕が今必死にここでブレインストーミングしても、被災地で役立つようなアイデアはひとつも出てこないと思う。僕も行きたいぐらいです(笑)。
田中さん:本当ですか! 巻き込んじゃいますよ(笑)。いや、またタイミングが合えば真剣に相談させてくださいね。
中村さん:ぜひお願いします!
田中さん:中村さんは、今後こういう研究をしていきたいという展望はありますか?
中村さん:社会課題解決につながる研究を続けて、将来的には大学で大きい研究室を持って、結果を残したいです。今はドローンを面白いと思っているけど、視野を広げていきたい。人間の動作を補助・拡張する外骨格ロボットに興味を持っていたりもします。大学に進学後も、現状にとらわれずに一つひとつの課題に向き合っていきたいです!
田中さん:中村さんの活躍、すごく楽しみです!
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今、社会で何が起きているのかーー。そんな身近な興味に力点を置きながら、実際に手を動かして技術力を高めている中村さん。研究や技術を社会システムへと接続させる使命を負っている田中さんとの対話によって、将来の視野が広がっていく姿が垣間見られました。中村さんとcocoroéのコラボレーションにも期待です。
孫正義育英財団には数学、ロボット工学、化学、医学などさまざまな分野の未来をリードする、多くの若き異能がいます。ファシリテート・クリエイティビティは、今後もまだまだ続きます!
中村勇之介
なかむら・ゆうのすけ●孫正義育英財団第8期生。2007年イギリス生まれ。スペイン、日本、アメリカでの在住歴があり、英語と日本語のバイリンガル。得意分野はロボティクスと航空工学。FAA(アメリカ連邦航空局)主催のコンテスト「Real World Design Challenge」では山火事を観測するドローンを設計し、カリフォルニア州知事賞(最優秀賞)を受賞した。
田中美帆
たなか・みほ●株式会社cocoroé代表。社会課題の解決、行政政策、企業経営にデザインアプローチを導入する実践者およびデザイン研究者。共感・対話・協業・意識変容を促すコミュニケーション設計を駆使し、ソーシャルデザインプロデュースを手がける。1999年、Royal College of Art(英国王立美術大学院)にてグラフィックデザイン修士号を取得。2010年にcocoroéを設立し、2014年から多摩美術大学でソーシャルデザイン非常勤講師を務める。2021年より東京工業大学EDPで非常勤講師、2024年から大同工業株式会社の社外取締役に就任。日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)会員。
◆クレジット
企画協力:公益財団法人 孫正義育英財団
企画コーディネート:春蒔プロジェクト 田中陽明、生田目一馬
インフォグラフィック:cocoroé 渡辺祐亮
編集:ハガツサ 竹田磨央
文:原航平
写真:古屋和臣
特別協力:渋谷キャスト